【司法書士監修】賃貸人を相続した時の面倒な問題とは?
故人がアパートなどを賃貸しており、賃貸借契約が継続中に死亡した場合、賃貸人(いわゆる大家)としての地位はいったいどうなるのでしょうか?
低金利時代の昨今において、不労所得が得られるとしてアパート・マンション経営は大ブームとなっています。そんな中、アパート・マンションの経営者、つまり大家が死亡した時、その相続人が検討しなければいけない問題点とその対処法を考察します。
相続により賃貸借契約は終了するのか
賃貸借契約中に賃貸人が死亡しても、その時点で当然に契約は終了しません。例えば、関東地方であればアパートは2年契約で行うことが一般的ですが、契約(あるいは更新)から半年経ったところで賃貸人が死亡しても、契約には何ら影響がなく、賃貸借契約はあと1年6か月残存していることになります。
賃貸人の地位は相続人に承継される
賃貸人が賃貸借契約中に死亡しても、契約は終了しないことはお分かりいただけたでしょうか。しかし、実際には賃貸人はこの世にはもう存在しないわけですから、一体賃借人は法律上、誰から借りていることになるのでしょうか?
この点については、民法第896条に次のような規定があります。
これにより、賃貸人の地位は、相続開始の時から当然に相続人に承継されることになります。賃貸人の地位と言うのは、賃料を請求できるという権利だけではありません。賃借人に目的物を使用・収益させるという義務・負担も引き継ぐことになるのです。つまり、賃貸借契約は賃貸人の相続人にそのままの状態で引き継がれて、賃借人は賃貸人の相続人から借りていることになるのです。
賃借人の同意は要るのか?|通知の必要性
いずれにしても、賃貸人の死亡によりオーナーが変わるわけですから、賃貸人の相続人側としては、賃借人の同意・承諾が必要であるかのように感じるかもしれません。
この点につきましては、次の最高裁判所の裁判例があります。
つまり、賃貸人に相続が開始して、オーナーが相続人に変更されたからと言って、わざわざ賃借人の同意を取り付ける必要は無いことが分かります。
しかし、賃貸人が亡くなった事情などは通常賃借人の知るところではなく、もし将来賃借人とトラブルがあった際にそれを緩和するという意味も込めて、適宜の様式で「賃貸人変更通知書」を作成し、賃借人へ通知した方が宜しいかと思います。また、賃料の支払いが振り込みの場合は、新しい振込先も明記するべきでしょう。通知は法律上の義務ではありませんが、メリットはあります。
遺産分割協議で新オーナーを決定
賃貸人に相続が開始して、その相続人が1人であれば特段の問題は生じません。しかし、相続人が複数人いる場合は、今後の賃貸物件の管理面などから考えると、相続人全員が賃貸物件を相続してアパート経営を継続していくというのはあまり現実的ではないかもしれません。
このような場合は、遺産分割協議を行って、相続人中の特定の方が賃貸物件を相続するように定めることができます。賃貸物件の所有権を相続すれば、賃貸人たる地位も当然にその方が相続することになるので、特段の手続は不要です。
遺産分割協議は必ずしも一堂に会して行う必要はありませんが、相続人全員の意思が反映されているものである必要があります。行方不明の方や認知症の方がいる場合は、その方は意思表示ができないため、法律で認められた代理人を立てる必要があります。遺産分割協議の詳しいやり方などは別のページに記載をしましたので、もし宜しければお読みください。
なお、賃貸物件が優良物件であればあるほど、また、他にめぼしい遺産がない場合等は遺産分割協議はかなり難航することと思われます。当事者同士の話し合いが困難となれば、家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てることになりますし、調停でも合意が整わない場合は、遺産分割審判(裁判)となります。
遺産分割協議書への書き方
遺産分割協議が成立したら、合意に至った内容を書面にする必要があります。これを遺産分割協議書と言います。上に挙げたように、賃貸物件の所有権を相続した方は当然に賃貸人の地位も相続することになりますから、賃貸物件を相続する旨が記載されていれば、わざわざ賃貸人たる地位を相続した旨は記載する必要はありません。
しかし、賃貸人の地位も特定の相続人に移転したことを明記することは、相続人全員の意思を明確にするためには有益なことと言えるでしょう。具体的には、遺産分割協議書には次のように書きます。
「相続人Aは、本件建物に関する賃借人Bとの間の賃貸借契約に係る賃貸人たる地位を相続する」。建物の所有権を相続人Aが相続する旨が記載されていれば、法律上は十分ですが、賃貸人たる地位も移転することを明記したい場合は、このように書くこともできます。
相続登記は必須
賃貸人に相続が生じた場合、賃貸物件について名義変更が必要です。この名義変更の手続を「相続登記」と言います。遺産分割協議で特定の方が相続する旨が決定したら、遺産分割協議書を添付して速やかに相続登記を行う必要があります。
相続登記に期限はありませんが、賃貸物件を相続した相続人から賃借人へ賃料を請求するためには、相続登記が必須となります。民法第605条の2第3項に次のような規定があります。
第605条の2
第1項又は前項後段の規定による賃貸人たる地位の移転は、賃貸物である不動産について所有権の移転の登記をしなければ、賃借人に対抗することができない。
この規定は、令和2年4月1日に施行される新しい条文ですが、改正法施行前の現時点でも最高裁の判例(最判昭和49年3月19日)により同様の扱いです。したがって、賃貸人の地位を引き継いだ相続人の方が、賃借人に対して自らの権利を主張される際には、必ず相続登記が必要となります。相続登記手続についての詳しいことは別のページに記載がありますので、もし宜しければお読みください。
■相続登記
敷金も引き継ぐ
アパートの賃貸借契約においては、入居時に賃借人から敷金が支払われていることが多いでしょう。この敷金は、原則として退去時に返還されるべき金額です。賃貸人に相続が生じて賃貸人に変更が生じた場合、敷金の返還義務もその相続人に当然に承継されます。民法第605条の2第4項に次のような規定があります。
第605条の2
第1項又は第2項後段の規定により賃貸人たる地位が譲受人又はその承継人に移転したときは、第608条の規定による費用の償還に係る債務及び第622条の2第1項の規定による同項に規定する敷金の返還に係る債務は、譲受人又はその承継人が承継する。
この規定は、令和2年4月1日に施行される新しい条文ですが、改正法施行前の現時点でも最高裁の判例(最判昭和44年7月17日)により同様の扱いです。
賃貸物件の所有権を相続すれば、当然に敷金の返還債務も相続することになるので、わざわざ敷金の旨を遺産分割協議書に記載する必要はありませんが、あえて明記することも別段問題ありません。
火災保険・地震保険は再契約
故人が賃貸物件に掛けていた火災保険や地震保険の契約上の地位は当然にそのまま承継されません。ですから、相続が開始した場合は速やかに保険会社に連絡して変更契約をする必要があります。
相続人がいないときは
故人に相続人がいない場合はどうすれば良いのでしょうか。問題となるケースは、戸籍上は相続人がいるにもかかわらず、その全員が相続放棄をしたという場合です。
明確な規定はないものの、相続人全員が放棄した場合であっても、「相続財産管理人」が選任されるまでは、相続人は遺産の管理責任は免責されないと解されています。ですから、相続放棄が裁判所に認められた後も、賃貸物件の管理は継続しなければなりません。
相続財産管理人は故人の相続人などが家庭裁判所に申し立てをすることによって選ばれます。その後は、相続財産管理人が賃貸物件を管理します。
なお、反対に賃借人としては、相続人が誰もおらず賃料の支払いができない場合は、少なくとも相続財産管理人が選任されるまでは、賃料を法務局に供託することになるでしょう。
相続放棄についての当事務所の解決事例は別のページにあります。もし宜しければお読みください。
■【解決事例】相続放棄したら空き家はどうなるのか?(空き家法から読み解く)
賃料の振込み先はどうすれば良いか?
故人が死亡し、その旨が金融機関に届けられると、金融機関の口座は凍結され、賃料の振り込みができなくなります。このようなトラブルを避けるためにも、相続が開始したら、新しい振込口座を各賃借人へ通知すべきでしょう。もちろんその際には、相続が生じて賃貸人が変更した経緯など「賃貸人変更通知書」で明らかにすべきものと考えます。
供託される可能性
もし、相続人側で「賃貸人変更通知書」を送らなかったり、新しい賃料の振込先を連絡しなかったことにより賃借人が賃料を支払えない場合、賃借人は賃料を法務局に供託することも考えられます。
もちろん、賃料の供託がされても一定の手続きをとれば、還付請求することにより、賃料を受け取ることはできますが、相続が生じて忙しい時期に煩わしい手間が一つ増えてしまうことになります。
誰の名前で賃料を請求すべきか
遺産分割協議が終了して、賃貸物件を相続する方が確定した後は、その方が正式な新しい賃貸人となりますので、新賃貸人より賃料を請求するのは当然のことです。
問題は、故人が死亡してから遺産分割協議が成立するまでの間の賃料を誰の名前で請求すべきかです。法律上はこの間の賃料は相続人全員に権利があるとされています。詳しい内容は別のページでご紹介していますので、もし宜しければお読みください。
■【司法書士監修】遺産の収益(賃料,配当,利息)を独占されたら?
これによると、遺産分割協議が成立するまでの賃料は相続人全員に権利があるため、相続人全員の名前で賃料を請求すべきともいえます。例えば賃料が10万円で、相続人が10名いる場合に、相続人各人の銀行口座に1万円ずつ賃料を振り込んでもらうことになる訳ですが、いかがでしょうか?
とても現実的な対応とは思えません。ですから、実際には相続人代表名義(賃貸物件を相続することが予想される方など)で請求し、その口座に賃料を振り込んでもらいます。その後、相続人全員で当該賃料を分配・清算するというのが一般的によく行われているやり方です。
賃借人と再契約をする必要はあるのか
遺産分割協議で賃貸物件を相続する方が決定した後、賃借人と再契約をする必要はあるのでしょうか?この点については、特に法律上の定めはありませんので、再契約は不要です。
しかし、故人の生前の賃貸借契約の内容が曖昧であったり、法的な不備があるケースも散見されるので、法律上は不要であっても、将来起こりうるトラブルを未然に防止するという見方をすれば、再契約書を作成した上で再契約を行った方がベターであると考えます。
相続における貸家の評価とは
通常、建物を相続した場合、「相続税」の計算における建物の評価は「固定資産税評価額」となります。しかし、貸家の場合は、固定資産税評価額を30%(借家権割合)減額して計算します。
貸家がアパート・マンションの場合は、満室率によってさらに減額して計算することも可能です。満室であるほど相続税評価を圧縮できます。しかし、空き室部分が増えるとその割合に応じて相続税評価も上昇します。
また、その賃貸建物の敷地・土地(「貸家建付地」と言います)についても相続税評価が軽減されます。詳しくは、当事務所のパートナー税理士よりご説明させて頂きますのでお気軽にお問い合わせください。
参考までに、国税庁の貸家建付地の評価に関する計算方法のページをリンクしておきます。
■国税庁|No.4614|貸家建付地の評価
賃貸借契約を終了させるには?
故人が経営していたマンション・アパートが優良物件であれば、そのまま相続するメリットはあります。しかし、古くなって空き室が目立っている等、賃貸経営を続行することがためらわれるケースも少なくありません。このような場合は、賃貸住宅を取り壊して新たに新築する方法もありますし、取り壊した後に更地を処分する方法もあります。いずれにしても、いま入居中の賃借人に退去を迫ることになります。そのようなことは法律上可能でしょうか?
「解約の申し入れ」はできるのか?
上に挙げたように、賃貸借契約中に賃貸人が死亡しても、その時点で契約は終了しません。賃貸人の相続人はそのままの条件で賃貸人の地位を引き継ぎます。ですから、賃貸借契約期間が満了するまで残存期間がある場合、賃貸人側から解約を申し入れることは原則としてできません。
それでは、契約期間中であるにもかかわらず賃貸借契約の解約が認められる「例外的な場合」とはどのような場合でしょうか。借地借家法第28条に次のような規定があります。
第二十八条
建物の賃貸人による第二十六条第一項の通知又は建物の賃貸借の解約の申入れは、建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない。電子政府の総合窓口|e-Gov
とても分かりにくい規定ですが、「正当の事由がある場合」に限って例外的に契約期間中の解約の申し入れを認めるという内容です。それでは「正当な事由」とは具体的にどのような事由を言うのか、ですが、この条文によると、次の①から④の4つに整理することができます。
「正当事由」の内容 | 具体例 | 要素 |
①建物の賃貸人及び賃借人が建物の使用を必要とする事情 | ・賃貸人の居住や営業の必要性、建て替えや再開発などの事情 ・賃借人の居住や営業の必要性 |
主たる要素 |
②建物の賃貸借に関する従前の経過 | ・借家関係設定の事情 ・賃料の金額 ・当事者間の信頼関係 |
従たる要素 |
③建物の利用状況及び建物の現況 | ・賃借人が契約目的に従った利用をしているか | |
④賃貸人が提供する財産上の給付 | ・立ち退き料 |
期間中に賃貸人から解約の申し入れをするためには、まず①の主たる要素としての正当事由が必要です。さらに、これを補う役目として②から④のいずれかの正当事由が要求されます。
まれに、立退料さえ支払えば、契約期間中でも当然に退去してもらえるという誤解があるのですが、決してそのような単純な話ではありません。前提として①の正当事由が必要であり、その他の事由はそれを補完するものでしかありません。もちろん、賃借人が「立ち退き料さえもらえればそれでいい」という態度であれば、その他の正当事由については何ら問題になりません。
具体的な立ち退き料の金額については、引っ越しに伴う移転費用、損失の補償、借家権価格などを総合的に勘案して両者合意の上で決定することになるのが通常です。
なお、賃料を一定期間滞納し続けている等、家主との間の信頼関係がその損なわれているようなケースにおいては、賃貸借契約期間中も当然に契約の「解除」ができます。これは、賃借人の債務不履行を理由とするものですから、いま説明した「解約の申し入れ」とは別のものです。
「契約更新の拒絶」はできるのか?
賃貸借契約期間中に、賃貸人側から解約の申し入れをすることは困難であることはお分かりいただけたでしょうか。それでは次に、契約の更新をしなければよいのではないか?という方法について考察します。
アパート・マンションの貸家契約は存続期間を2年と定めてする場合が多いと思われます。契約期間中に解約ができないのであれば、期間が満了するのを待って、再契約(契約の更新)をしなければ、円満に賃借人を立ち退かせることができるのではないかと考えたのではないでしょうか。借地借家法第26条第1項に次のような規定があります。
第二十六条
建物の賃貸借について期間の定めがある場合において、当事者が期間の満了の一年前から六月前までの間に相手方に対して更新をしない旨の通知又は条件を変更しなければ更新をしない旨の通知をしなかったときは、従前の契約と同一の条件で契約を更新したものとみなす。ただし、その期間は、定めがないものとする。電子政府の総合窓口|e-Gov
理解しにくい規定かもしれませんが、要するに、契約期間満了の1年前から6か月前までの間に、相手方に対して「更新拒絶の通知」をすれば、契約を終了させることができるという趣旨の条文です。しかし、賃貸人側から「更新拒絶の通知」をするためには、上に挙げた借地借家法第28条が適用されて、解約の申し入れと同じ「正当事由」が必要となるのです。
つまり、更新を拒絶するのに正当な事由が認められない限り、貸家契約は法律上当然に更新されるため、賃借人を立ち退かせることは不可能となります。
解決案の提示|賃貸人が亡くなったら…
賃貸人が亡くなった場合には、上に挙げたような様々な問題が生じます。このような問題点を踏まえたうえで、どなたが賃貸物件を相続するか協議に入るとよいでしょう。
ただし、協議が長引くと賃借人に対しても賃料の支払い等について迷惑をかけることになります。また、賃貸物件の解体・処分などを検討している場合には、手順を踏んで賃借人にアプローチをしなければ、まとまる話もまとまりません。
できれば自分自身の判断で話を進めるよりも、まずはこのような問題に詳しい相続手続きの専門家に相談し、最適な方法のアドバイスを受けるようにしましょう。
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このページでは、「賃貸人を相続した時の面倒な問題とは?」についてお話ししました。
賃借人への通知や、再契約書の作成、賃料の振込先の確保、遺産分割協議完了までの賃料請求など、様々な問題がある点はお分かりいただけたでしょうか。ぜひそのような問題を解決する場面で私たち相続手続きの専門家をご活用いただければと思います。
遺産分割の手続きの流れや、遺産分割協議書作成の費用はいくら位かかるのか、登記手続きにかかる費用や、どの位の期間で完了するのか、各種調停の申立手続の詳細について、他にも様々な疑問があることと思います。
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