相続法の改正|凍結した口座から預金を引き出す法(仮払い制度)2019年度版

40年ぶりに相続法が改正されました。順次、新制度がスタートするのですが、今回は、「仮払い制度の創設(改正民法909条の2)」を考察してみたいと思います。

仮払い制度の創設

相続人全員の同意や、遺産分割協議書がなくても一定の限度額までであれば、口座凍結中に仮払いとして預貯金を引き出せるようになる制度です。

預金口座が凍結とは?

銀行が、口座名義人が死亡した事実を知った場合、誰が預金を相続するか決まるまで(遺産分割協議が終了するまで)、預金の引き出しに応じない状態のことを、「口座が凍結する」と言います。

つまり、銀行の立場からすると、「相続人の皆さんで決めること決めてもらわないと、こっちだって、誰に払ったらいいか分かりませんよ」という事なのでしょう。

もちろん遺産分割協議が終わっていない以上、自己の法定相続分のみの払い戻しを請求することもできません。
これは、平成28年の最高裁判所の判例に基づく扱いであり、「個々の相続人による遺産分割前の預貯金債権の行使(払戻し請求)を禁止」しています。

預金口座が凍結するとどうなる?

銀行から預金の引き出しができなくなります。窓口でもATMでも引き出しはできなくなります

葬式費用の支払いの為だと主張してもダメ。
亡くなった人の医療費の支払いの為だと主張してもダメ。
亡くなった人の介護・施設費用の精算の為だと主張してもダメ。

つまり、相続人の相続分の主張として引き出しができないだけでなく、亡くなった人の費用の支払いの為だと主張しても、ダメなものは駄目だったのです。
ただし、一部の金融機関では葬儀費用の支払いの為であれば払戻しに応じる対応もあるようです(銀行実務では「便宜払い」と呼ばれています)。

いずれにしても、これはあまりに杓子定規じゃないか、ということで今回の改正に至ったようです。

仮払いを請求するときの注意点

それでは、改正民法第909条の2によって、遺産分割前に他の相続人の同意を得ることなしに金融機関へ仮払いを請求する際の注意点を解説します。

仮払い制度の新設された条文を読んでみよう

まずは、法律(民法)にどのように書いてあるのでしょうか。

(遺産の分割前における預貯金債権の行使)
改正民法第909条の2
各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の三分の一に第九百条及び第九百一条の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額(標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。

分かりにくいですね。超訳してみます。

各相続人は、預金額の3分の1に自分の法定相続分を乗じた額までなら、個別に預金の引き出しができる。引き出した分は、最終的に自分の相続分に充当される。

細かいことには目をつむった超訳ですが、こちらの方が意味は通じるのではないでしょうか。

仮払いの請求でいくら請求できるか?

例えば、預金が600万円とすると、これに3分の1×法定相続分2分の1(子と配偶者が相続人のケースであれば配偶者は2分の1)を乗じた額、計算すると100万円までなら、配偶者は遺産分割協議前でも預金の仮払いをしてもらえるという事です。

もっと、単純に言えば「法定相続分の3分の1」の金額まで請求できるという意味です。

ただし、上記の民法の規定は「法務省令で定める額を限度とする」としており、この金額は150万円と決定しました。
つまり、「法定相続分の3分の1までの金額を請求できるが、150万円以上は請求できない」というのが結論です。

【平成三十年法務省令第二十九号】
<民法第九百九条の二に規定する法務省令で定める額を定める省令>

民法(明治二十九年法律第八十九号)第九百九条の二の規定に基づき、同条に規定する法務省令で定める額を定める省令を次のように定める。

民法第九百九条の二に規定する法務省令で定める額は、百五十万円とする。

附 則 この省令は、民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律(平成三十年法律第七十二号)の施行の日から施行する。e-Gov法令検索

この金額より多く引き出すためには、遺産分割調停(遺産分割審判)の申立てが必要となります(改正家事事件手続法200条「仮分割の仮処分」)。

複数の銀行に口座を保有しているケースは…

仮払いの請求は、各金融機関に対して請求します。ですから、請求できる金額も金融機関ごとに個別に計算します。
たとえば、A銀行とB銀行に口座がある場合は、A銀行とB銀行のそれぞれに対して「法定相続分の3分の1」を請求することになります。
なお、1つの金融機関に複数の口座を保有している場合は、それらを合算した金額を基に算出します。

仮払いの請求の時に使途を告げる必要はあるか

「民法909条の2」の規定で、使途を告げることは要件とされていません。費目や使途を告知する必要はありません。遺産分割前の相続人の資金需要として多いのは、葬儀費用ですが、仮払いの請求はこれに限らず請求することができます。

金融機関から拒まれることはあるか

「民法909条の2」は、相続人に請求の権利を認めただけですから、金融機関にそれに応じる義務まではありません。したがって、預貯金契約の約款で払戻制限が付いている場合には、約款に基づいて仮払いを拒まれることは理論上ありえます。

しかし、それではせっかく改正により新たに設けた「民法909条の2」が「絵に描いた餅」となってしまいます。制度施行と同時に、各金融機関の取扱も徐々に定まってくるものと思われます。

ちなみにたまたま手元にある三菱UFJ信託銀行が上客向けに発行している機関紙「エクセレント倶楽部倶楽部ニュース」の2019年夏号に次のような記事がありました。

払戻金額には制限(法定相続割合の3分の1かつ金融機関毎に1人150万円まで)があります。そして、払戻し手続きには、相続人の戸籍謄本などが必要となりますので、手間と時間を要します。遺されたご家族が、短期間で資金を受け取れる当社商品の「ずっと安心信託」や生命保険などを検討されてみてはいかがでしょうか。三菱UFJ信託銀行 エクセレント倶楽部ニュース2019夏号

つまり、手続きには応じる用意はあるみたいですが、手間も時間もかかるようです。同じような商品はどの金融機関にもありますから、いま銀行へ相談へ行くと勧められるのでしょうね。

改正法はいつから施行するか

改正法は令和1年7月1日より施行されます。
死亡日が令和1年7月1日より前であっても、実際に請求する時期が令和1年7月1日以降であれば、改正法の適用を受けます(改正附則5条)。

仮払いの請求で受領したお金はどうなるか

遺産分割前に仮払い請求をした場合に受領した金銭は、「遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす」ことになります。
つまり、その後の残りの財産の遺産分割において、すでに一部取得したことが考慮されることになります。

相続分がないのに仮払いの請求をしようとする者がいたら…

仮払いの請求をしようとしている相続人が、生前贈与を受けていて明らかに具体的相続分が無いと認められる場合には、他の相続人としてできることはないでしょうか。

この場合は、裁判所に「仮分割の仮処分(新家事事件手続法200条2項)」の申立てをして、当該相続人への仮払い請求が相当のものであるか審査してもらう必要があります。仮払い請求が不当なものであると裁判所が判断した場合、「払戻し禁止の仮処分決定」がなされます。

勝手払いがされたら…

ところで、銀行がどの時点で死亡の事実を知るのでしょうか?一般的には、相続人側からの告知によって知ることになります。逆に言えば、相続人側から銀行に知らせなければ、銀行が死亡を知ることもなく、払い戻しに応じる結果となります。

相続人が、被相続人の死亡を告げずATM等で払い戻しを行うことを、「勝手払い」と呼んでいます。
新しく創設された仮払いの制度は、相続人自身が自分の権利を行使するものです。それに対して「勝手払い」は、被相続人の名義で行われるものなので、仮払い制度の問題とは区別されます。

「勝手払い」は、「遺産分割前に遺産に属する財産が処分された場合の遺産の範囲(改正民法906の2)」の問題と解されています。

「勝手払い」については、別の記事「【令和元年7月から】遺産分割前に財産を処分したら|相続法の改正」に詳しく紹介しましたので、もし興味があればお読みください。

【令和元年7月から】遺産分割前に財産を処分したら|相続法の改正

左|司法書士 齋藤遊 右|司法書士 今健一

相続手続き専門家による総評

この仮払い制度は、相続人が個別に金融機関に対して求めることができるので、便利です。

しかし、仮払いを受けた相続人が、後日の遺産分割協議で遺産を全く相続しないとなったら、他の相続人は、仮払いを受けた相続人に対して、すでに受領した仮払い分の返還をどう求めていくのでしょうか?

おそらく法律上は不当利得を理由として返還請求をしていくと思われますが、便利な制度である反面、問題もあるような気がします。
また、金融機関が今後どのように対応していくのかも見守る必要があります・

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